MENU

閉じる


トップ > 移住情報 > 移住者のこえ > Kさんの「てしかが移住記」が掲載されました!

Kさんの「てしかが移住記」が掲載されました!

いいね!ボタンが表示されます

Kさんのプロフィール

移住前の居住地

大阪府

移住年

平成28年

移住記

ここには、違う毎日があります。

朝、エゾリスが波形を描いて庭を横切ります。ある日の夕方、庭にキタキツネが迷い込むと、カラスが異常に鳴き始め、宙から急襲をかけました。カラスは、縄張りを犯されたと思っているのでしょうか。

誘われて雌阿寒岳に登りました。初心者向けの山らしいですが、甘くはありません。両足の親指の爪がうっ血して、左足の爪は数週間後に剥がれ落ちました。右足の爪は、登山から1カ月たっても真っ黒のままです。それでも、下山した後の温泉の気持ちよさは忘れられません。

乳牛を飼っている酪農家とも知り合いました。酪農体験をさせてもっらたり、トラクターに同乗して牧草刈りの手伝い。1日24時間、生き物を相手に暮らしている人たちの苦労は、目の当たりにしてみてはじめて理解できるものです。

大阪から移住して約4か月。人生初体験の連続でした。これまで、特に社会人になってからは、毎日同じことの繰り返しなのではないかと思ったりしましたが、今は違います。

住めば都とは、よくいったものです。私は自分自身の意思で弟子屈への移住を決めたわけではありません。かつての職場の後輩が幾度も北海道旅行をして弟子屈を気に入り、移住を決断しました。私も一度、弟子屈への旅に同行しましたが、後輩のような思い入れはなかったのです。ただ、58歳にして独身という気楽さと生活の変化への欲求で、後輩に追随しただけなのです。これほどいい加減な姿勢で移住する人も少ないでしょう。

しかし、それがかえって良かったのかもしれないという思いもあります。肩に力が入ったような北海道生活への憧れや理想みたいなものがないので、こんなはずでは…などいう気持ちが起こらないような気がします。

ただひとつだけ、ちゃんと準備しておくべきだったことがあります。車の運転です。私は自動車学校の卒業試験以来、40年間、ハンドルを握ったことがありません。筋金入りのペーパードライバーです。大阪ではそれで何の支障もなかったのですが、北海道ではそうはいきません。これをもってしても、いかに軽い気持ちで移住してきたか、分かってもらえるでしょう。しかし、弟子屈の人は温かい。中古の軽自動車を売ってくれた販売店のオヤジさんが教習所の教官の経験があるからといって、助手席に座って運転指導をしてくれたのです。

もちろん、その後に一人立ちしましたが、恐怖心が完全に消えることはありません。ウインカーを出してはじめて追い抜いたのは、川湯温泉の馬車だといったら、大笑いされました。ほぼ毎日、車でプールに通っていますが、大げさではなく、自宅に帰ってきた時に「きょうも無事だった」と胸をなでおろしています。

一日も早く車の運転に慣れたいですが、焦るつもりはありません。なんといっても、弟子屈では時間がゆっくりと流れているのですから。

平成28年8月19日

▲このページの先頭へ