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Sさんのてしかが移住記

Sさんのプロフィール

移住前の居住地
東京都
移住年
平成14年

移住記

掲載年月日:平成19年3月16日

 私は2004年の6月に東京のエレクトロニクスメーカーを定年退職し、その年の10月に約50年間住み慣れた東京からここ弟子屈町へ家内と2人で移住した。その移住の顛末を述べる。

1.移住前

 現実に移住を意識し始めたのは、2001年頃からであった。その前年2000年6月まではシンガポールに赴任しており、東南アジアの国々を仕事中心ではあったが見て周り、各地のリゾートやボルネオ島などを観光で訪れたりと、まだまだ自然豊かな南国の生活を楽しんだ。その時に漠然とではあるが、定年を意識しその定年後をどうするか考え始めていた。自然豊かな外国でゆったりと生活するのも悪くはないなと思ったものの、移住してまでとの思いはなかった。帰任後新たな仕事に着任し、暫くすると再度定年後の姿を具体的に考え始めたが、ITバブルも弾けてエレクトロニクス業界や日本全体の景気も芳しくなく、定年後の仕事の具体像もはっきりせず、ならば自然豊かな地でゆったりとした田舎暮らしも選択肢と考えた。さらに、この生活は健康であること、つまり早いに越したことはないとの思いもあった。家内もこの考えに賛成してくれたことは大きな後押しとなった。

 東京近県、伊豆方面、信州方面、那須方面など雑誌や本などでいろいろ検討し現地に出向いたりしたものの、都会に近く自然が豊かでゆったりとした気分が味わえるなどの希望条件に沿った場所の入手は困難であることが判明、ならば思い切って遠方をと考え、北海道を候補とした。イメージとして自然豊かでゆったりと言うと北海道が浮かび、赤道直下の南国にも住んだ経緯から、九州などを考えずに北の地を選んだと言って良いかもしれない。

 なぜ北海道か、これは家内の影響も大きかった。田舎暮らしなど思いもなかった頃、家内が道東方面を旅行しその後家内と二人で再度道東方面を旅行し、北海道の印象が残っていた。特に家内は若い頃旅行したヨーロッパのドイツなどの田園風景が道東方面に似ており本州とは異なった景観に強く魅かれていたこともあり、北海道に絞り検討することとした。
 当初は家族との繋がりの利便性を考慮して札幌近郊を探し、実際2002年冬1月に札幌を訪れ、その候補地などを見聞した。その結果、

1.東京とのアクセスは利便性が高い。

2.文化面、医療面ほか生活面の利便性が高い、東京との差はあまりない。

3.近郊であっても豊かな自然はあった、しかし都市の臭いは強く東京とも大きな差はない。

4.雪が多く、また冬は曇り空で重苦しい

など、利便性は高かったものの納得できる場所はなかった。一方、たまたま通勤電車の東京地下鉄日比谷線車内でふと見た吊り広告にて、弟子屈町の不動産業者が温泉分譲地を弟子屈町に開発していることを知り早速インターネットで調べ、家内と共にこの地に興味を持った。2002年秋9月には札幌から旭川、富良野、十勝などを見ながらこの弟子屈の不動産業者を訪ね、業者が開発した分譲地を案内してもらった。美留和、奥春別、熊牛、中標津などを巡り、

1.東京とのアクセスは札幌ほどではないが、女満別、中標津、釧路空港とあり問題とは言えない。

2.文化面、医療面、買物などの生活面の利便性は低い。

3.豊かな自然、ゆったりとした雰囲気、かねて感じていた印象と魅力を再認識。

4.冬は雪が少なく晴れも多いが、寒さは大変厳しい。

5.温泉が豊か。

6.土地価格が安い。

など、利便性は低いが札幌近郊より田舎暮らしの移住地としての魅力は高く、さらに検討を進めることとした。

 家内は2001年頃より、東京でボランティア活動をしていたが、その仲間の家族が弟子屈町に住んでいた縁でこの美留和を知ることになり、さらに家族が住んでいたこの地は同じ不動産業者が開発したことを知った。これはちょうど2002年の秋に訪ねた頃であった。そして、2003年の冬に弟子屈町を訪れ、その家族の許しを得てこの業者の案内で美留和の現在の家・土地を見聞することができた。

 その家族にこちらの意向を伝え交渉し、好意により2003年の初夏、秋さらに2004年の冬とこの地を訪れ宿泊し、季節の変化やその変化による生活の様子などを経験し、地元の人たちや、移住者の人たちとも交流ができ移住地として価値のあることを実感した。結局、さらに他の場所や物件を検討することなく、2004年の春に正式に売買契約を締結し購入することとなった。

 定年後の移住・田舎暮らしの生活が具体的に実現可能性が高くなってきたので、2003年半ば頃より購入資金面、収入面(年金)など経済的事情の確認・検討を始め、購入し当初2年ほどは苦しいもののその後は何とか生活できる見通しが立った。家族の意向なども確認し、2003年の秋にはほぼ移住を決断しその準備に入った。

 なお、家内の母親が2003年の夏に亡くなったが、元気な頃は前記のように家族の繋がりの面から東京とのアクセス面の利便性がポイントであった。この母親の死が結果的にこの地への移住の決断を促したことも事実であった。ほかに家族として娘と息子がいたが、両人とも東京で仕事をしており、妨げるものではなかった。

2.移住後

 この美留和の地に移住して1年半、早いものである。実際に生活してみて満足しているが、その間に感じたことなどを纏めてみる。

1.豊かな自然、これは言うことがない。摩周湖、屈斜路湖など素晴らしい景観、どこまでも自然があること、その雄大さは言うに及ばず、看板など余計なものが少ない。

2.土地・家が広い、家は平屋。およそ東京では考えられない。家が広いことは、気持に余裕が出る。家の中は寒さ知らず、東京より暖かい。広いからこそ音楽、オーディオを楽しむことができるなど、隣近所に何の気兼ねもない。土地の広いこと、管理が大変だが、田舎暮らしの楽しみの一つと考えれば良い。

3.水が素晴らしい、美味しい。豊かな水辺の楽しさ。

4.温泉が豊か、広い浴場でゆったりといつでも入れる。温泉はこの地の付加価値の源泉である。一般に日本人は温泉大好きが多い、このような環境は都市に住んでいるものには夢であろう。

5.動植物も身近に沢山、東京では考えられない。このあたりは谷地が多いが、これが豊かな水辺となり、動植物が多数見られる背景でもあろう。

6.まさにかつて東京を日常の世界とすれば、この地は非日常の世界。人は非日常に憧れるもの。移住者はこの非日常へ価値を見出している。

 これに反し問題と言えることもあるが、対応や気の持ちようによっては対処できるものである。

1.前記のように、文化面、医療面、買物など利便性は低い、しかし考えようによっては気にならない、自然の豊かさを求めれば当然の事。必要ならば、釧路、札幌、東京へ出かければ良い。幸い私達2人には健康面の大きな問題はない。

2.夏は快適でありやることが多いが、冬は厳しい。冬は活動面で妨げられ、覚悟が必要。冬の運動不足には町のプールの活用、スキーなどウィンタースポーツへの積極的対応が必要。夏の草刈など大変であるが、気の持ちよう。

3.アクセスも距離的には東京と離れているが、時間的にはそれ程ではない。移動コストが高いことは難点だが、計画的に対処することで回避可能。今月より女満別空港の駐車場が有料化されるとのこと、このような地では車は必需品、そのコスト負担は頭が痛い。

4.生活コストは結構高い。量販品は都市の方が安いかもしれないが、生活レベルをそれなりに調整すればすむこと。地場消費の生鮮食品など楽しめるものがある。野菜作りなど対応方法はいろいろ考えられる、これも楽しみのひとつ。

5.人が少ないため都市のようにさまざまな人たちと接する機会は少ない。これも当然、気の持ちよう。幸い地元の人たちとも適宜交流でき、所謂田舎の束縛感もそれ程ない。互いの存在を尊重しあえば良いと思っている。これが北海道の良いところか。

6.街中を除き通信インフラが充実していない。インターネットはナローバンドでは楽しめない、ブロードバンドこそこのような地には必要、都市と地方の情報格差を埋める一番の方法ではないかと思う。

7.町は情報の発信や周知に対応が不充分ではないか、移住者は当初なにも知らない、移住者の背景はさまざまであり情報不足では相互理解が円滑に進まない。もちろん時間の経過と共に解消していくが、新たな移住者には同じ思いとなる。

3.まとめ

 田舎暮らしや移住については、多くの雑誌や本が出ており、これらが大いに参考となった。選定・決断に当たってはこれらを含め充分な検討を行ったが、個人的に大切であったと思われること再度まとめてみる。

1.早めに計画を立てること。自分の希望や条件をしっかりまとめておく、但し、100%満足できるものはないので、優先順位は考えておくこと。これについて家族(妻)の同意は非常に大切である。

2.現地・現物の確認を充分行うこと、特に四季の様子、その生活との関連など、現場に出向いて実感すること。役場や地元の人たち、すでに移住した人たちからの情報を得るように、足と時間が必要である。

3.経済的な見通しをしっかり立てること。私は定年退職者で年金という収入の道がある。また、土地・家を入手するための経済的対応の検討も充分に。

4.健康面の確認が大切、定年退職後であると早いほど楽しめる時間は多い。

5.あとは、この生活を楽しむための気持をしっかり持つこと。この地域を大切に思う気持を持つこと。

 町の人口減少に歯止めがかからないと聞く。わずかながらも移住者は人口増に寄与する。移住者であれ観光客であれ人が増えることこそ町の振興・発展につながる。そのためには町役場と住民が一体となって現状を分析し理解し知恵を絞り、改善に努めるべきであろう。私は移住者ではあるが、すでに住民であり町の振興・発展を願う気持ちは地元の人たちと同じである。

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