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「霧の摩周湖」作曲者平尾昌晃さん逝去

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平成29年7月24日

 平尾昌晃さんが7月21日に肺炎のため東京都内の病院で逝去されたという突然の訃報に接し、深い悲しみにつつまれました。残念でなりません。
 新聞等で大きく報道されましたが、1960年代半ばから作曲家として活躍され、布施明さんが歌った弟子屈町のご当地ソング「霧の摩周湖」をはじめ、小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」、五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」など、数えきれないほどのヒット曲を世に送り、作曲家として大活躍され、つい最近までテレビにも出演されておりました。
 ご存知のとおり、曲「霧の摩周湖」は、作詞水島哲、編曲森岡賢一郎、歌手布施明で1966年12月[昭和41年]に発売され、瞬く間に大ヒットとなりました。そのお陰で神秘の湖摩周湖の存在が全国に知られ、地元弟子屈町を訪れる観光客が激増することとなり、その功績は本町にとっても、また、阿寒国立公園にとっても、観光発展に大きく寄与したものとなったことは、誰もが認めるところです。
 今から25年前のことになりますが、「美しい豊かな自然の恵みの中で、ややもすれば忘れがちな足元の自然をもう一度見直してみよう」という多くの町民の素朴な声から発足した「霧の摩周湖の会」の主催による「第1回ふるさと霧の摩周湖音楽祭」が1992年9月6日摩周観光文化センターで開催されました。開催にあたっては、平尾昌晃さんのご理解とご協力により、平尾さんはもとより、作編曲家の森岡賢一郎さんと歌手の布施晃さんの出演が実現しました。
 当日は、第1部として曲「霧の摩周湖」を弟子屈中学校吹奏楽部・弟子屈高等学校吹奏楽部・川上シンフォニアウインドアンサンブルの演奏をバックに、特別編成した町民合唱団が混声合唱で歌い上げ、更に、来場された1,600人の皆さんとによる大合唱が実現しました。第2部では、平尾昌晃さんと布施明さんのオンステージが繰り広げられ、場内は感動に満ち溢れました。また、翌年に行われた第2回音楽祭でも、平尾昌晃さんと森岡賢一郎さんにご出演して頂き、更にはゲストとしてバイオリニストの佐藤陽子さんをお迎えして、素晴らしい音楽祭となりました。平尾昌晃さんの出演はこの2回だけでしたが、日記を書いていると、昨日のことのように記憶が蘇ってきました。
 今年は、曲「霧に摩周湖」が1967年の第9回日本レコード大賞作曲賞を受賞して50年目を迎え、また、8月には町民の永年の悲願であった「阿寒摩周国立公園」に名称変更される年を迎えるという記念すべき年にあたり、当時音楽祭スタッフの一員だっただけに、平尾昌晃さんには改めて感謝の気持ちを伝えたかったと深く後悔しているところです。
 本当にお世話になりました。誠にありがとうございました。心からご冥福をお祈り申し上げます。

『弟子屈町100年記念「風・人・大地」』等より掲載

教育長日記

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